こちらのページでは、お寄せいただいたご感想などを紹介いたします。

この本を読んで、あのころのことを、ひとつひとつ思い出して、身震いしました。

まったくここに描かれたとおり。このとおりだった。

戦争というのは、どかんと一気に始まるものではなくて、しらないうちに、少しずつ始まっていくもの。

当時、わたしは戦争というものがどういうものか知らず、注意ぶかく過ごしていなかったので、毎日の日常が少しずつ変っていっていることに気づかなかった。わたしのまわりの人たちも気づかずに、「ふつうに」日々を過ごしていた。

はっと気づいたときには、もう戦争のまっただなかにいて、どうしようもなくなっていた。

あのときの状態をどういう言葉で人に伝えられるか、長い間考えていたけれど、わからなかった。

こんなにきちんと表現してくださってありがとう。

お医者様にいったときに、待合室でいっしょになる、ちょっとものを考えているようなおばあさまがいらっしゃるので、その方にお見せしたら、「ほんとうにこうでしたわね。こわいですね」といっていた。

(92歳・女性・東京都)

題名がいい。戦争は人が「つくるもの」なんですよ。

こういうふうに、知らないうちに戦争になっていくのよ。

最初はね、関東大震災があったからって、学校で地震に備えた避難訓練をしていたの。

それが、ある日突然、防空訓練になったんですよ。守れ帝都の空を〜(?のような歌詞。違うかも)と歌わされて、爆風で眼球が飛び出る、鼓膜が破れる、と、目と耳を指でおさえて逃げる練習をして。

それが、また、ある日突然、竹槍訓練になった。空から落下傘で降りてくる米兵をやっつけるんだってね。教官が「米兵もケツの穴の大きさは日本人と変らんから、ケツの穴めがけて刺せ!」といったので、女学生たちが「ケツの穴なんて、まあいやあね」と騒いでた。

木銃というのもあったわね。

最後は自爆の練習。手榴弾を靴のかかとにうちつけて安全装置をはずして投げつける練習を繰り返したの。

わたしはしませんでしたけど、弟や妹は、学校で、モールス信号や手旗信号を習ったそうですよ。

なぜ子どもにそんなことを教えたかって?子どもを通信手段に使うんでしょ。弾除けね。

(78歳・女性・東京都)

 私は福岡に住む39歳の主婦です。今年も原爆記念日が来て、終戦記念日がやって来ましたね。戦争を直接体験していない私はそれでも小さい頃から祖母や母に戦争の話を折りにふれて繰り返し聞かされてきました。毎年この時期になると必ず体験者の
話を聞いて(ほとんどがテレビからですが)「戦争」について考える事にしています。

 でも今年は特に危機感を持って、考えていたような気がします。赤ちゃんや幼児が銃で撃たれ、瓦礫に投げつけられている映像、身内の死に泣いている様子、家を無くした人々・・・このような事はたとえどんな理由があろうと(理由がつけられようと)絶対に許されないと思います。

 人間はささいないざこざでつまらないケンカをしてしまう生き物だとは思いますが、いかにも正当な理由をつけて殺し合いをするほどまだ「バカ」なんですね。全く学ばないというか、進歩がないというか、或るいは想像力が欠落しているのか(自分の身にそういう事が起こらない限り、分からないのかも・・・)と。

 日本の戦争体験者はかなり高齢になってこられて「語り部」もいずれいなくなるでしょう。私たちが「戦争」に反対するために何かしなくては・・・とおもっていた時に書店で「戦争のつくりかた」を見て、すぐ小学5年生の娘に贈る事に決めました。最近娘はよくイラク戦争の事を質問してきます。たぶん自分の生活とはかけはなれた世界にあるだろう「戦争」を理解しようとしているようです。この本を読んでの彼女の考えを聞きたいと思っています。

ありがとうございました。

読みました!

今まで憲法とか自衛隊とかわかっているようで不確かな認識でした。でも事実をそのままわかりやすく表現されていて老若男女問わずわかりやすい内容でした。

一番心に残ったのは「人の命が世の中で一番大切だと今までおそわってきたのは間違いになりました」ってトコです。戦争があまりにも日常になってしまっていてそれが普通になってしまいがちだけど,この本を読んだら余韻が残ったというか戦争について考える機会になりました。

(19歳・看護学校生・香川県)

私は小学生のときから、戦争について学んでいます。自分のおじいさん、おばあさんからも、戦争の話を聞きました。私が生まれてから今まで学んできたことは、戦争で人が殺される悲惨さ、戦争の愚かさです。また、私が学んだことで一番大切だと思えることは、「日本という国は二度と戦争をしない」ということです。私は二度と戦争をしない安全で平和な国に住んでいる、と自覚できていたからこそ、戦争についての自分の考えを深め、命の大切さを学ぶことができたのです。

 しかし今、その安全な国が崩れかけているのだと、この絵本を読んであらためて気付きました。私は今まで、テレビで戦争やテロが起こっている映像を見ていて、胸が痛むことはあっても、自分の命の危険を感じることはあまりありませんでした。

しかし今は違います。この絵本を読んで、私たちが危機にさらされていることに気付きました。それは、自由にものを考えられなくなる、という危機です。誰もがそれぞれ、自分やみんなが幸せに暮らすためにどうすればよいか、自分の意見を持てる、この状態こそが平和そのものです。しかし戦争はそれを奪ってしまいます。軍事的な行為を「国際貢献」と言ってしまえば、「戦争だって正しい行いだ」と考える人も増えます。命の大切さというものをすぐに忘れてしまいます。このことは爆撃を受けるよりも危険です。今のままでは、政府が本当に正しいことをしているのかどうか見抜けなくなってしまうと思います。

 私はずっと、平和について考えていきたいと思います。

(16歳・高校生・愛媛県)

戦争のために何かをしたことがない「私」は、どこか頭のなかで、このまま戦争を知らずに過ごせると考えている。それも曖昧で、ひどくぼんやりとした気持ちで。戦争の中で悩み苦しみ、生死に直面している人たちを、ドラマの登場人物のようにとらえては、身勝手に涙を流したり激励したり、を繰り返す。情報に溢れている時代に、最先端の情報技術に囲まれて過ごしながらも、すべて一方的な(断片的な)事後報告であることに、気づかない。ユウジホウアン、ケンポウ9ジョウ、耳障りのいい、酒くさい親父の使う社交辞令みたいに聞き流していた。

それは全て、「戦争のつくりかた」に出会う前までの「私」のこと。

どのページの中にも自分がいる、そう感じたから、ただ怖くてたまらなくなった。

戦争のつくりかたには自分が含まれている。

自分が戦争をつくる。

何もしない、をすることによって、知らない  ことによって。

望む、望まないよりも先に、戦争をつくる。

真っ白な裏表紙を見つめながら想像した。

= 戦争をすることになりました =

もうどうすることも出来ないから、「戦争」を、人が死ぬということを「良いこと」だと思い込もうとする。

何を信じたらよいかわからなくて その他大勢が信じている風に見えるものを信じてみようとする。

はっきりと浮かんでくる。

「私は、戦争の惨禍を、原爆の恐ろしさを、世界で唯一知る国民だ。

だから、戦争はしない。そのためなら、何だってしよう。」

そう思っていた自分が

「私は、戦争の惨禍を、原爆の恐ろしさを、世界で唯一知る国民だ。

だから、戦争に勝ちたい。そのためなら、何だってしよう。」

と言う姿が。

でも、目を開けて、現実に戻れば、それでも・・・

何をすればいいだろう、そう考えている裏側に、何も変りはしないだろうという無気力な過去の私が心の中に現れる。

仕事中に近くをデモ行進する人たちを見ても感じるのは、同じ、空しい気持ち。

一気になんとかしたいのに、と焦るだけの幼い気持ち。

その全てが混じり合うと言葉にすることが億劫になり、言葉にしたところで、どれも虚言のように感じてしまう。

誰も知らなかった1冊の本を、Hさんが店頭に置き、次第に評判が広がっていく。全国から問い合わせがあり、実際に(遠方からも)来店し、買い求めて下さるお客様が沢山いる。その現場で働くことで、自分にもきっとできることがある と感じ始め、先ずは今の気持ちを誤魔化さず書くこと、それをHさんに読んでいただくことが第一歩になるのではないかと考えた。

この文章の続く先に、自分が見つけていく「できること」、それに基づく行動、過去の自分に都合よく無関心な世の中が変っていく様子を書けるようにという、強い意志を込めて。

(24歳・書店アルバイト・東京都)

私の率直な感想は・・・・というより、一読したあと涙が何故か流れていました。難しい法律をくどくど説明されるより 子供向けではありますが説得力があり、大人にも訴えかけられると思いました。

当たり前の内容ですが、子供たちには衝撃かもしれません。子供だけでなく、その親にも手にとって見てもらいたいです。自分の子供が戦地に赴く未来がこのままの日本ではくることになると思います。

先日 旦那の会社にシンガポールから出張にきていたシンガポール人の人と話す機会がありました。私が無知なせいもありますが、シンガポールも徴兵制度があるそうで二年間従事したといってました。韓国も台湾も・・。

私は戦争体験も無ければ義務でそういう制度に参加したことももちろんありません。

でも 本当にこの世に戦争さえなければ そういうことに使われている各国の政府予算が、もっと必要な教育や福祉にまわせるのに・・・と考えただけで 心から悲しくなります。少しずつ勝手に変えられていく日本国憲法をどうやって止められるのかも私にはわかりませんでした。

・・・多くの平凡な人たちがただ願うのは戦争の無い平和な世の中です。日本に限りません。こういう本がもっともっと世に出ればいいなぁと痛切に思いました。私個人の意見としては こういう内容を純粋にひろめたいなぁと思いました。HPも拝見しました。私の知る限りの友達、知り合いには伝えていきたいとおもいます。

(33歳・第1子を妊娠中)

「このあいだいただいた本、二人で読みました。すごく読みやすくってわかりやすくて、がーんときました。読んだあと二人ともしばらくものがいえなくなっちゃって・・・」

-特にがーんときたのはどこ?

「『おとなはいそがしいとかいって、気づこうとしない』というところ。自分がまさにそうだなあって、思って。で、やっぱりいそがしいっていって、だめなんですけど、それでもあれから少しずつまわりのことに気をつけようとおもうようになりました。あと、最後のページの法律とか並んでるところで、ああ、これほんとのことなんだって、また、がーんと。多国籍軍に加わるとかも言っちゃったじゃないですか、ああ、そうなってくんだなあっておもって」

-あそこに法案って書いてあったの、ひとつ残して全部法律になっちゃったんですよ

「ええっ。そうですか。やっぱりもっと気をつけないといけないですねえ」

(30代・コーヒー豆店オーナー)

絵本、読みました。電車の中で。

わかりやすいですね。「戦争」への進み方がこうなっていくんだとこの年でやっとわかりました。

それにしてもいろいろな決まりがあっても人間の心のなかに戦争への道があるときは決まりなんて何も役に立たないんですね。

広島の原爆式典で読まれる、「絶対にくり返しませんから」という言葉を本を読みながら思い出しました。

(47歳・女性・青梅市)

「戦争のつくりかた」はすごい力があると思います。
国民全員が読むべきです。
100万人が読めばこの国が変わります。

(鎌仲ひとみさん・映画監督)

昨年の夏、知人から『戦争のつくりかた』という絵本をいただきました。
その内容に深く共感し、またその後の社会情勢がまるでこの絵本をシナリオにしているかのように
変化していることに恐怖を感じ、私にできることを何かしなければという思いで
身近な友人に贈ることで一歩を踏み出そうと思いました。

私が子どものころは、まだ終戦記念日などには戦争体験をしたお年寄りから、戦争の話を聞く機会がありました。
そして、お年寄りの大半は「戦争はいつの間にか始まっていたんだよ。私たち市民は何も知らされていなかった。気が付いたら、世の中の流れは戦争へ向かっていてそれが正しいと思っていた。」と話しました。子ども心にずっと不思議に思っていました。「同じ市民でも、戦争に反対して捕まった人もいたんでしょ。そういう人は何か特別な情報を得ていたのかしら?気が付いた人と気が付かなかった人がいたのはなぜ?」

今、自衛隊がイラクへ行き、更に1年延長されるなか、どこか自分には関係ないことのように感じています。有事法案?自衛隊法の改正?何かひっかかるけど詳しくは知らないし、直接自分には関係ないし。それより、毎日の仕事のこと、子どもの教育のことでそれどころじゃないわ。と毎日が日常の忙しさに流されていきます。やがて、民間からも平和維持の名の下に戦地へ行かなくてはならなくなり、徴兵制も復活し、身内が戦地へ行かなくてはならなくなって初めて「えっ?戦地へ行くのは自衛隊員じゃないの?」(とっくの昔に法律で決まっていたのに)「憲法9条は?」(既に9条は改正されたのに)と驚くのでしょうか。そして、年をとり未来の子どもたちに「どうして戦争することになったの?」と聞かれたとき「私たち一般市民は何も知らされていなかったんだよ。気が付いたら戦争になっていてどうすることもできなかったんだよ。」と言うのでしょうか。

第2次大戦がどのように始まったのか、政治的にではなく市民生活の中でどのように浸透していったのかは知りません。でも、今の自分や世の中の風潮を見ていて子どものころの疑問が解けたような気がするのは恐ろしいことです。このまま、もし戦争へ向かったとき、子どもたちが犠牲になったとき“知らなかった”とは決して言えないのではないか。「私たちは何も知ろうとしなかった。止めることはできたのに何もしなかった。死なせてしまった責任は私たちにあるんだよ。」と。

この本をいただいたのは先にも書きましたが、昨年の夏のことです。そして、昨年12月17日「朝日新聞」の1面に、イラク派遣反対のビラを配った市民がいきなり逮捕され75日間も拘留されるという記事が掲載されました。(今回は無罪になりましたが、この判決が出た翌日にもまた、別のところでビラを配った人が警察に連行されています)この記事を読んで、「戦争のつくりかた」が現実にまた1ページ進んだと感じました。そして現在、憲法9条の改正が行われようとしています。国際的な責任を果たすためには、武力行使も必要だという理由で。(テロ対策に軍隊は無力だということは、既にアメリカが立証しているはずです。)一体誰が日本に武力行使させたがっているのでしょうか。国が武力行使を認めるということは、いったい誰が武器を持つということでしょうか。政治家?NO。自衛隊?だけではありません。私たちが武器を持つということです。“国が国際貢献に必要だ”と言ったら、新しい憲法の責務を国民一人ひとりが果たすために武器を持って行使するということです。

あなたは、武器を持って人を殺す覚悟がありますか?
あなたは、武力によって殺される覚悟がありますか?
あなたは、あなたの大切な子ども、夫、親、恋人、友人が戦闘地域へ行き、殺され失う覚悟がありますか?
あなたは、あなたの大切な人が、どこかの誰かの大切な人を殺してもいいですか?
今、それを問われていると思うのです。

『さあ、これで、わたしたちの国は、戦争できる国になりました。

政府が戦争すると決めたら、あなたは国のために命を捨てることができます。(好むと好まざるとを問わず)

政府が、「これは国際貢献だ」と言えば、そのために命を捨てることができます。(個人の意思に反するとしても)

戦争で人を殺すこともできます。(誰かの大切な人を)』

 私たちは、今起こっていることにもっと関心を向けて、その先に何があるのか、どこに向かっているのかをいろいろな角度から見る必要があるのではないでしょうか。今まで平和だったこの国が、この先も平和であるように。大切なものを失わないために。手遅れになる前に。

(40歳、女性)
内容が普遍的で戦争を体験した者にとっては一種当たり前すぎて、ちょっと物足りなささえありました。でも戦争を知らない人たちにはまさにこれが必要なのだと思います。戦争に向かうときはこんなふうに進むものなのです。

自分の回りの人間でこの前の戦争に勝てると思った者はおりませんでした。海軍大佐だった叔父は当初から負けると言っていましたし、市ヶ谷の陸軍参謀本部に勤めていた女友達によると、最後の1年は陸軍でさえ、「もう勝てない」と毎日うなっていたそうです。それなのに、大本営発表では最後まで「まだ勝てる」と宣伝し続けていたというのはひどいことです。

それでいま思い出したことがあります。

すべてが戦時色に塗り込められていた頃、草の根の隣組も、防空演習をすることになっていました。
老若男女を問わず各家から1名以上が定められた日時、場所に集まって、隣組長の指揮の下、敵機襲来の度に落とされる爆弾、焼夷弾の被害を防ぐために、全員力を合わせてバケツリレーをすることになっていました。

ある日曜日、ついに私共の隣組にも防空演習の回覧板が回ってきたので、私は病弱の母に代わって、身支度をして出かけました。組長の点呼が終わり、さあ、これから!というとき、10人ばかりの組員の中の1人で、当時には珍しい立派な体格の男の方が突然「こんなことやっても何にもならないからやめましょう」とおっしゃったので、あっけにとられて組長の顔を見てしまいました。ところがふだんはかなり威張った感じの組長が「それでは解散しましょう」と従ったのです。驚きながらも、私たちが思ってはいても口に出していえなかったことばを聞いて胸のつかえが下りる気がしました。

当時の私たちが大英断と伺ったことばの主は、たまたま休暇で在宅中のバリバリの陸軍参謀だったのです。

(81歳女性、東京)

今、日本はおおきなまがり角をまがっているところだとおもう。

けれども、それに気づいている人は少ない。みんなが気づいたときにはもう遅い。

老人であるわたしはそれを危惧している。

かつて日本が戦争に突進していったときのことを思い出す。

あのころ、日本の新聞は、ヒトラーを礼讃していた。心から思っているわけではないだろうけれど、多くの人がそれに同調して礼讃した。

反対していた人ももちろんたくさんいた。高校の記念祭(昭和10−11年ころ)でクラスごとに展示をした。そのなかには、ヒトラー批判のものがいくつかあった。

今覚えているのは「未完成交響楽」と題したもので、当時はやっていた映画の「未完成交響楽」を模した舞台をつくって、楽器のかわりに鉄砲を並べてあった。自分たちは「軍服茶釜」というのをつくった。軍服を着た狸が綱渡りをしていて、綱の下には問題山積、綱の先には月があって、その月に「?」が描いてあるというもの。展示日の前日に配属将校から「?」をとれと命令され、やむなくとったが…。「灯台下暗し」というのを作ったときもある。当時いわれていた「強力外交」を揶揄したものだった。

まだその時分は、そのていどの批判はできたが、それもできなくなっていった。

この本は非常によくできている。

戦争に突入していくようすが、よく描かれている。少しずつなしくずしに変っていって、みなが気づいたときには手がつけられなくなっていくようすが。

(87歳・男性・名古屋市)

戦争のつくられかたは、まさにこのとおりだった。

戦争の体験は共有されていないとおもう。

同じ世代でも、育った場所によって、体験は大きく違う。

軍司令部があった小倉で女学生だったころ(昭和12年ころ)、山の上にあった
学校の礼拝堂・講堂が軍に接収された。校庭にはサーベルを持った軍人が闊歩
していた。靴はけしからんといって、下駄をはかされたが、毎日山を登るので
下駄の歯がすぐにすりきれてしまい、不経済だった。そのうち、靴に戻ったが。

その後、父の転勤で東京の女学校に行ったら、まるで雰囲気が違っていた。み
なパーマをかけ、お化粧していたし、ずっとのんびりした雰囲気だった。

父がさらに小樽に転勤したので、学校のお休みのときに遊びに行ったら、そこ
はさらに別天地だった。食糧も豊富にあり、町もゆたかなかんじだった。戦争
なんてどこにあるの?という感じ。

戦争末期に疎開した福岡で空襲にあった。空襲にあった地域と、そうでない地
域とでは、また、別の国のようだった。

みな、自分が爆弾でやられないかぎり、戦争と関係ないような顔をしていた。
それがおそろしい。

この本の、絵も文もとてもいい。これがマガジンハウスから出版されるのはう
れしい。

まだ本の存在をしらない人のほうが多いから。図書館につとめている息子もこ
の本のことを知らなかった。今はまだ大海の一滴だ。もっと多くの人に知って
もらいたい。

(80歳・女性・名古屋市)

シンプルな文章と挿し絵が、多くを語ってくれている本ですね。

書店でも取扱開始になったとのこと、きっと多くの人の胸に届いたのでしょうね。

また、内容もそうですが、本を作成するプロセスに多くの人が関わったと言うことも

本の魅力をさらに大きくしたと思います。

(女性・京都市)

読みました!
すごいすごい!
タイトルがすごい!
絵が怖い!
内容が怖い!
条文のページが一番怖い!

(30代・男性・松山市)

冊子読ませていただきました。年表が、流れがよくわかってよかったです。

近ごろ身の回りの出来事をみていると、まるで戦時中のようです。

おそろしい気がします。

戦争は私のような庶民にとっては、大変悲惨な出来事でも、小泉さんらの様な人々にとっては、この世に二つとない、とても楽しい『お祭り』なのです。なんとも言えない怒りがこみあげてきます。

冊子を2冊買っても世の中変わるわけないと、思いつつも2冊買いました。

私の、小泉さんらに対するささやかな抗議の思いを込めて。

(匿名希望)

とても良い冊子で、普及ができればと思います。何部印刷されたのでしょうか。全国で数百万部普及されれば、世の中変わりそうな気がします。

個人、団体で普及委員会を作ったらどうでしょう。一般の書店には置けないのでしょうか。とにかく、できるだけ多くの方に読んでいただきたいと思います。

早速、レッスン室に置いて(私の本職はピアノ教師なので…)生徒達に読むように薦めました。

小学校低学年の子ども達には、少し難しかったようですが、ここに書かれていることは、全部本当なのよ!と言うと、驚いていました。

写真展の実行委員長を務めた中学生は、『すごく分かりやすいね!この本を、小学校や中学校の生徒みんなに読ませてくれたらいいのに…そうだ!担任の先生に持って行って読ませてあげよう!』と言っていました。本当に、すべての子ども達に真実を知ってもらうことができたらいいなと思います。

やさしい言葉で、法律の裏づけもあり、わかりやすく、しかもゾッとくる冊子ですね。

「戦争のつくりかた」を読ませていただきました。
これをどんなふうに紹介して行くか、考えています。
まず、これまで、私たちの平和への祈りコンサート、写真展に来て頂いた方に、メールを転送しました。
子どもも大人も、自分にとっての快、不快を感じることが大切なんだろうと思いました。
そこから行動が起きるのでしょう。
私たちはだいぶ蓋をしてしまっているようです。

すなおにふつうの常識で考えるとおかしいと分かることを、この絵本が教えてくれます。
こんな良い本を作って頂き、ありがとうございます。

ともだちから絵本「せんそうのつくり方」を紹介していただきました。
ウェッブで拝見し、とてもおもしろく読めました。
こんなに賢くしなやかにたくみに表現できる方々がいることに、感動しました。

選挙で、「戦争をしない、憲法を守る。」とはっきり言う人が余り選出されませんでした。
この冊子をもっともっとたくさんの人に読んでもらわなければ・・・と、もう一度思ったしだいです。

子供が大好きなヤスミチくんの絵が悲しいです。
戦争なんかにならなければいいと思いながら、社会の動きを見ていると、少しずつ危険が身近になっている。
このままでは危ないんだと、この本は教えてくれます。

『ホラー小説よりも恐い本。』 なぜって?だって、これは現実の物語だから。

この絵本を読み、どう動くか、、、。 私たちオトナは、今、ためされている。

『私はもう、見ないふりをするのはやめる。 将来産むであろう子どもを、絶対戦争には行かせない。』

そう、私に決意させた絵本。

オトナは、もう現実逃避をやめなくっちゃ。この絵本はオトナのための教科書です。

私のひと言感想は、「現在進行形のノンフィクション」です。
人にもそうすすめています。

「戦争のつくりかた」これほど優しくシンプルに有事法を語ることができるなんて驚きです。
わけていただいた本は、まわし読みされて、若い人たちにも。
「ほんとにこんなことになるのかねえ」なんてびっくりしながら話題にしています。

組織の一員として考えたり行動したりせざるを得ない人 にこそ、一市民としての立場で読んで欲しい。